決定書には、たしかに「子を返還せよ」と書かれている。それでも、子どもは戻ってこない——韓国でのハーグ返還事件が本当に難しくなるのは、しばしば決定が出たです。

※以下の場面は、公開されている裁判例(大法院2025年5月26日付2025마514決定)の事実関係をもとに、個人が特定されないよう再構成したものです。

返還を命じる裁判が確定した。執行官は2024年11月、子どもが通う学校で、学校長の協力のもとに引渡しの執行に着手した。相手方は、そもそも学校での執行は許されないとしてその執行に異議を申し立て、争いは大法院まで上がった——。

かつての韓国であれば、この場面はもっと手前で止まっていました。返還を命じる決定が出ても執行が進まず、決定が紙の上に留まる。それが長く指摘されてきた韓国の弱点でした。その状況は2024年に変わりました。本記事では、返還命令が守られない場合に法が用意している履行の確保の仕組みと、いま実際に動いている直接執行の実務を、日韓の国際事案に対応する韓国弁護士の視点で整理します。手続きの全体像については、韓国に子どもを連れ去られたら — ハーグ条約に基づく子の返還をあわせてご覧ください。

韓国法が用意する「履行の確保」— 履行命令・過料・監置

韓国は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)」の締約国であり、国内ではハーグ国際児童奪取条約の履行に関する法律(以下「履行法」)に従って手続きが進みます。この法律は、返還を命じる裁判が守られない場面を想定した規定を置いています。

まず、審判・調停調書・調停に代わる決定によって条約に基づく子の返還を履行すべき者が、正当な理由なくその義務を履行しない場合、裁判所は一定の期間内に義務を履行するよう命じることができます(履行法第13条第1項)。これが履行命令です。

その履行命令を受けてもなお正当な理由なく命令に違反した者には、裁判所は1千万ウォン以下の過料を科すことができます(同条第2項)。さらに、その制裁を受けてもなお30日以内に正当な理由なく義務を履行しない場合、裁判所は義務を履行するまで30日の範囲で監置(身柄の拘束)を命じることができます(同条第3項)。これらの履行命令・過料の賦課・監置命令の方式や手続きについては、家事訴訟法第64条、第67条第1項および第68条が準用されます(同条第4項)。

返還命令が守られない場合 — 韓国法の3段階(履行法第13条)
段階 内容 前提となる要件
① 履行命令
第13条第1項
一定の期間内に返還義務を履行するよう命じる 正当な理由なく義務を履行しないこと
② 過料
第13条第2項
1千万ウォン以下の過料を科すことができる 履行命令を受けてもなお正当な理由なく違反したこと
③ 監置
第13条第3項
義務を履行するまで30日の範囲で監置を命じることができる ②の制裁を受けてもなお30日以内に正当な理由なく履行しないこと
準用 方式・手続きは家事訴訟法第64条、第67条第1項、第68条を準用(履行法第13条第4項)

ただし、この3段階は義務者に対する制裁であって、子どもの引渡しそのものを実現する手段ではありません。制裁を覚悟した相手方には効かないこともあります。子どもを実際に取り戻すのは、次に見る直接執行です。制裁による圧力と直接執行と、どちらに重心を置き、どの時点で切り替えるのか——その判断が、この段階で最も専門性を要する部分です。

なお、相手方が子どもに引渡しを拒むよう働きかけているのではないか——そうした懸念を持たれる事案もあります。しかし、後で見るとおり、子どもが拒んでいること自体は執行を妨げる事由とはされていません。また、返還義務を負う相手方に求められるのは単に妨害しないことではなく、引渡しに積極的に協力することです。「子どもが嫌がっている」という事情それ自体が、履行命令・過料・監置の前提となる「正当な理由」に当たるとは限りません。子ども自身の異議は、執行の段階ではなく返還請求の審判の段階で、子どもの意見を考慮するのが適切な年齢と成熟度に達していると認められる場合の棄却事由として扱われるものです(履行法第12条第4項第4号)。

直接執行 — 2024年の執行例規と、2025年の大法院決定

条約に基づく子の返還を命じる裁判は家事訴訟法第41条により執行権原となりますが、履行法には奪取事件の執行手続きに関する特別な規定が置かれていません。そのため、子の引渡しを命じる裁判の執行は、民事執行法第257条(動産引渡請求権の執行)を援用し、かつて存在した「幼児の引渡しを命じる裁判の執行に関する例規(財特82-1)」に従って運用されてきました。

この旧例規には、「幼児が意思能力を有する場合に、幼児自身が引渡しを拒否するときは執行をすることができない」という内容が含まれていました。返還を命じる裁判があるにもかかわらず執行不能となる事態が生じ、条約の「迅速な返還の原則」に反しているという指摘が長く続いてきた背景には、この点があります。これが、韓国では返還命令を取っても子どもが戻らないと言われてきた最大の理由でした。

大法院はこれを受け、2024年1月10日、ハーグ条約に基づく子の返還裁判の実効性を確保するために必要な事項を定めた「ハーグ国際児童奪取条約に基づく子の返還請求事件の執行に関する例規(財特2024-1、裁判例規第1869号)」を制定し、同年4月1日から施行しました。先ほどの「子ども自身が拒否すれば執行できない」という定めは、ここで姿を消しています。国内一般の幼児引渡執行についても、財特82-1が2025年1月15日に改正され(裁判例規第1894号、同年2月1日施行)、同じ方向で整備されました。

新しい例規のもとで、子どもの引渡しは動産の引渡執行に関する民事執行法第257条を準用する形で、執行官が直接実施します(同例規第2条)。その際、執行官および執行補助者は、子どもの年齢や発達の程度その他の事情を考慮し、引渡執行が子どもの心身に有害な影響を及ぼさないよう配慮し、子どもの利益のために適切な配慮をし、子どもの人権を尊重しなければなりません(同第3条)。また執行官は、引渡執行のために必要な場合、債務者および子どもの登録された住所や子どもが通う学校などに関する資料・情報の提供を、債権者および中央当局(法務部長官)に要請することができます(同第4条第1項)。

そして大法院2025年5月26日付2025마514決定は、執行の「場所」について判断を示しました。大法院は、執行官は原則として債務者の住居で子どもの引渡執行を実施すべきであるとしつつ、子どもの学校など第三の場所においても、執行補助者などの関係者や学校長の明示的な反対の意思が表示されたといった特別の事情がない限り、引渡執行をすることができると判断し、執行に対する異議を退けた原審の結論を維持しました。

整理すると、こういうことです。「子どもが嫌がっているから執行できない」という時代は終わりました。子どもが拒んでいること自体はもはや執行を妨げる事由ではなく、引渡執行は現に実施されています。執行の場所も、債務者の住居に限られません。相手方が争う姿勢を崩さない事案でも、返還決定を実現する道は開かれています。

残る難しさは、法律の問題というより事実の問題です。子どもの所在が把握できるか、相手方がどう抵抗するか、裁判所・執行官・中央当局との調整をどう組み立てるか——ここが結果を分けます。

決定が出る前から始まっている — 事前処分という選択肢

執行が難航する事案には、共通する前段階があります。手続きの途中で子どもの居場所が変わる、あるいは所在がつかめなくなる、という展開です。

履行法は、裁判所が返還請求事件について、子どもの権益保護、または子どもの追加的な奪取や隠匿の予防のために、家事訴訟法第62条による事前処分または同法第63条による仮処分をすることができると定めています(履行法第12条第3項)。

もっとも、ここにも限界があります。家事訴訟法上の事前処分はそれ自体が執行力を持ちません(同法第62条第5項)。処分をする際には第67条第1項による制裁が告知され、正当な理由なく違反した場合に1千万ウォン以下の過料が予定されている——つまり、物理的に隠匿を阻止する装置ではなく、制裁によって抑止する構造です。どの場面でどの手段を組み合わせるのが実効的かは、相手方の資力や態度、子どもの生活状況によって変わり、一般論では決まりません。

時間が持つ重さ

返還請求そのものについて、履行法は、不法な移動または留置の日から1年が経過し、かつ子どもがすでに新しい環境に適応したという事実があるときは、裁判所が請求を棄却することができると定めています(第12条第4項第1号)。執行段階の遅れは、この「適応」の主張に材料を与える方向にしか働きません。加えて、時間が経つほど子ども自身が現在の生活に馴染み、審判の段階で子どもの異議が考慮される余地(第12条第4項第4号)も広がっていきます。

裁判所は迅速な処理を求められており、請求日または調停申立日から6週間以内に決定に至らない場合、請求人または法務部長官の申立てに応じて遅延の理由を書面で示さなければなりません(第14条)。執行の道が開かれた今、勝負を分けるのはむしろ、どれだけ早く動き出せるかです。

日本で暮らす親にとって、この段階が意味すること

ハーグ返還事件は、韓国でもソウル家庭法院の専属管轄とされ(履行法第11条)、手続きはすべて韓国語で進みます。決定が出た後の段階では、これに加えて執行官・執行補助者・中央当局(法務部)との調整という、書面だけでは動かない要素が重なります。制度が「執行できる」方向に変わったからこそ、どの制裁をどの順序で用いるか、直接執行に踏み切るならどの時点かという判断が、そのまま結果に直結するようになりました。

当事務所は、置き去りにされた親が子どもの常居所国への返還を求める側の事件と、認められる例外が実際に当てはまる場面で返還に反対する側の事件の、双方を扱ってきました。同じ争点を両側から見た経験は、争いが執行段階に移った後に、どこに力を割くべきかを見極める場面で意味を持ちます。日本語でご相談いただけます。

長期的な養育の取り決めそのものが関心事である場合は、韓国の親権・養育(child-custody-jp)日本の親権制度との違いを、日韓どちらの裁判所で争うのかという点については国際離婚の管轄をご覧ください。条約そのものの背景は、ハーグ国際私法会議(HCCH)が公表しています。

重要ポイント

「韓国では返還命令を取っても子どもは戻らない」は、もう過去の話。2024年4月1日施行の執行例規(財特2024-1)により、旧例規の「子どもが拒否すれば執行できない」という定めは削除された。

・大法院2025年5月26日付2025마514決定は、学校など第三の場所での引渡執行も可能であることを明らかにした。執行の場所は債務者の住居に限られない。

・返還決定が守られない場合、韓国法は履行命令 → 1千万ウォン以下の過料 → 30日の範囲の監置という3段階も用意している(履行法第13条)。ただしこれは義務者への制裁であり、子どもを実際に取り戻すのは直接執行。

・事前処分(家事訴訟法第62条)は執行力を持たず、過料という制裁で抑止する構造。時間の経過は「新しい環境への適応」の主張を強める方向にしか働かない。動き出しの早さが結果を分ける。

よくある質問

Q. 韓国で子の返還命令が出ても相手が引き渡さない場合、どうなりますか?

韓国のハーグ国際児童奪取条約履行に関する法律は、返還義務を負う者が正当な理由なく履行しない場合、裁判所が一定の期間内に義務を履行するよう命じることができると定めています(第13条第1項)。その履行命令に正当な理由なく違反した者には1千万ウォン以下の過料を科すことができ(同条第2項)、さらにその制裁を受けてもなお30日以内に正当な理由なく履行しない場合には、義務を履行するまで30日の範囲で監置を命じることができます(同条第3項)。これらの方式・手続きには家事訴訟法第64条、第67条第1項、第68条が準用されます(同条第4項)。

Q. 過料や監置を科せば、子どもは戻ってくるのですか?

過料や監置は義務者に対する制裁であり、子どもの引渡しそのものを実現する手段ではありません。制裁を覚悟した相手方には効かないこともあります。子どもを実際に取り戻すのは、執行官による直接執行です。制裁による間接的な圧力と直接執行のどちらに重心を置き、どの時点で切り替えるかは事案の状況によって異なり、判断には韓国の家事執行実務の理解が必要です。

Q. 子どもの学校で引渡しの執行をすることはできますか?

大法院は2025年5月26日付2025마514決定で、この点について判断を示しました。原則としては債務者(相手方)の住居で子どもの引渡執行を実施すべきであるとしつつ、子どもの学校など第三の場所においても、執行補助者などの関係者や学校長の明示的な反対の意思が表示されたといった特別の事情がない限り、引渡執行をすることができるとして、執行に対する異議を退けた原審の判断を維持しました。なお、旧例規にあった「子ども自身が引渡しを拒否するときは執行できない」という定めはすでに削除されており、子どもが拒んでいること自体は執行を妨げる事由とはされていません。

Q. 相手がさらに子どもを隠すおそれがある場合、韓国では何かできますか?

履行法は、裁判所が子どもの権益保護、または子どもの追加的な奪取・隠匿の予防のために、家事訴訟法第62条の事前処分または第63条の仮処分をすることができると定めています(第12条第3項)。ただし事前処分そのものは執行力を持たず(家事訴訟法第62条第5項)、違反した場合に1千万ウォン以下の過料という制裁が予定されている構造です(同法第67条第1項)。物理的に隠匿を阻止する装置ではなく、制裁によって抑止する仕組みである点は理解しておく必要があります。

決定が出た後こそ、時間との勝負です。
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金平浩弁護士(キム・ピョンホ)
韓国弁護士、司法試験合格、司法研修院第43期修了。2021年 大韓弁護士協会 優秀弁護士賞受賞。
2014年以来、民事・刑事・家事など全分野で累計500件以上の事件を担当。

本記事は一般的な法律情報であり、個別事案についての法的助言ではありません。具体的な事案については弁護士にご相談ください。
여해법률사무소(ヨヘ法律事務所)— 韓国における外国人のための法律相談。

キム・ピョンホ(김평호)弁護士
キム・ピョンホ(김평호)弁護士
大韓弁護士協会 · 司法研修院43期 · 2021年優秀弁護士賞 · 2014年以来、全分野累計500件以上