別居から半年が過ぎたころ、通帳の残高が半分になっていることに気づいた。マンションの登記を取り寄せてみると、名義は夫の母親に変わっていた。夫は「事業の資金繰りだ」と言うだけで、それ以上は説明しない。離婚の話し合いはこれからなのに、分けるはずの財産がもう手元にない — 日韓夫婦の離婚で、こうした相談は決してめずらしくありません。
※ 以下の場面は、実際のご相談に共通する要素をもとに構成した設例であり、特定の実在の事件ではありません。
まず結論から申し上げます。韓国法では、離婚前に動かされた財産が、それだけで財産分与の枠から外れるわけではありません。ただし「取り戻せる」と言い切れるほど単純でもなく、入口が二つに分かれ、そのそれぞれに別々の期限が走ります。この記事では、その構造を整理します。
1. 消えた財産は、法律上「まだそこにある」ことがある
韓国の財産分与は、協議離婚については民法第839条の2、裁判上の離婚についてはこれを準用する第843条に根拠があります。分割対象となる財産は、原則として事実審の口頭弁論終結日(協議離婚後に別途申し立てる場合は審理終結日)を基準に確定されます。ここだけを見ると、「その時点で手元にない財産は分けようがない」という結論になりそうです。
しかし大法院は、この原則に重要な修正を加えています。
大法院 2025年10月16日宣告 2024므13669、13676 判決
婚姻関係が破綻した後、口頭弁論終結日までの間に生じた財産関係の変動が、夫婦の一方による後発的な事情によるもので、婚姻中に共同で形成した財産関係と無関係であるなどの特別な事情がある場合には、変動した財産は財産分与の対象から除外しなければならない。したがって、婚姻関係が破綻した後に夫婦の一方が、夫婦共同生活や夫婦共同財産の形成・維持と関係なく積極財産を処分したのであれば、当該積極財産を事実審の口頭弁論終結日にそのまま保有しているものとみて、分割対象財産に含めることができる。ただし、その処分が夫婦共同生活や夫婦共同財産の形成・維持と関連するものであれば、口頭弁論終結日に存在しない財産を分割対象とすることはできない。
つまり、破綻後に配偶者が勝手に動かした財産は、「まだ持っているもの」として計算に戻される余地があるということです。預金を引き出して親族に渡した、株式を第三者に贈与した、といった行為が、そのまま「なかったこと」になるわけではありません。
なお、この判決は財産分与に関する部分について原審判決を破棄し、事件を高等法院に差し戻したものです。最終的な結論は差戻審で改めて審理されます。
もっとも、この判決は同時に反対側の線も引いています。処分が夫婦共同生活や共同財産の形成・維持と関連していたと評価されれば、戻すことはできません。実際、この事件で大法院は、経営権の確保や事業活動の一環として行われた株式の贈与について、共同財産の維持との関連性を否定できないとして、これらを保有推定によって分割対象に含めた原審の判断を是認しませんでした。「動かされた財産はすべて戻る」という前提は、この判決からは導けません。何のために、いつ、どういう経緯で動いたのか — そこが争点になります。
2. すでに第三者の名義になっている場合 — 韓国法独自の取消権
財産が配偶者の手元から離れ、親族や知人の名義に移ってしまっている場合、韓国法にはもう一つの入口があります。民法第839条の3が定める財産分与請求権を保全するための詐害行為取消権です。条文はこう定めています。
韓国民法第839条の3
① 夫婦の一方が他方の財産分与請求権の行使を害することを知りながら財産権を目的とする法律行為をしたときは、他方は第406条第1項を準用して、その取消し及び原状回復を家庭法院に請求することができる。
② 第1項の訴えは、第406条第2項の期間内に提起しなければならない。
注目していただきたい点が二つあります。
一つは、請求先が家庭法院であることです。一般の債権者取消権(民法第406条)が民事事件として扱われるのに対し、第839条の3による取消しは、家事訴訟法第2条第1項第1号ハ目4)により家事訴訟事件(韓国での分類は「다류(タリュ)事件」)として家庭法院の専属管轄とされています。一方、財産分与そのもの(第839条の2第2項)は、同項第2号ロ目4)の家事非訟事件(「마류(マリュ)事件」)です。同じ家庭法院でも事件の種類が異なり、審理のルールも別ということになります。「財産分与を申し立てれば、その中で名義移転も自動的に取り消される」という組み立てにはなりません。なお、離婚手続との関係でいつ・どの順序で申し立てるかは事案によって異なり、個別の検討が必要です。
もう一つは、期間です。第839条の3第2項が準用する第406条第2項は、「取消しの原因を知った日から1年、法律行為があった日から5年内」に訴えを提起しなければならないと定めています。財産分与請求権の2年とは別に走る、もう一本の時計です。
| 比較項目 | ① 分割対象への「戻し」を主張する | ② 詐害行為取消権(第839条の3) |
|---|---|---|
| 典型的な場面 | 破綻後に預金を引き出した・資産を処分した | 不動産・株式などの名義が第三者に移った |
| 相手方 | 配偶者(財産分与の当事者) | 利益を受けた第三者(受益者・転得者) |
| 事件の種類 | 家事非訟事件・마류(財産分与の枠内) | 家事訴訟事件・다류(別個の訴え) |
| 中心的な争点 | 処分が夫婦共同生活・共同財産の形成・維持と関連するか | 分与請求権を害することを知っていたか(第三者の認識を含む) |
| 期間 | 財産分与請求権の2年(第839条の2第3項) | 取消原因を知った日から1年/行為の日から5年(第406条第2項) |
なお、準用される第406条第1項には但書があり、利益を受けた第三者や転得者がその行為の当時に害することを知らなかった場合には、取り消すことができません。名義が移っているという事実だけで当然に取り消せるわけではない、ということです。
これから処分されそうな財産を一時的に押さえておく保全手続(仮差押えなど)は、本案の財産分与とは別個の手続であり、要件も費用も別に検討する必要があります。本記事の主題からは外れますので、必要性の判断はご相談の中で個別にお伝えしています。
3. 一番こわいのは「離婚した後で気づく」パターン
実務でもっとも救済が難しいのは、離婚が成立してからしばらく経って、隠されていた財産の存在を知るケースです。ここで立ちはだかるのが、民法第839条の2第3項の「離婚した日から2年」です。
大法院 2018年6月22日付 2018스18 決定は、この2年について次の判断を示しています。2年の除斥期間内に財産の一部についてのみ財産分与を請求した場合、請求の目的物としなかった残りの財産については(特別の事情がない限り)期間を守ったことにならず、期間が過ぎればその請求権は消滅する。ただし、財産分与の裁判で分割対象かどうかがまったく審理されなかった財産が裁判確定後に追加で発見された場合には、追加の財産分与請求をすることができる — ただし、その追加請求もまた、離婚した日から2年以内でなければならない、と。
さらに大法院 2022年11月10日付 2021스766 決定は、この2年が「裁判外で権利を行使すれば足りる期間ではなく、その期間内に財産分与審判の請求をしなければならない出訴期間である」と明示しました。相手に内容証明を送っておく、話し合いを続けている — それだけでは時計は止まりません。同決定は、すでに提起された財産分与請求事件で相手方の立場から分割対象財産を主張する場合には除斥期間が適用されない、という区別も示しています。自分から請求するのか、相手の請求に対して主張するのかで、扱いが変わるということです。
| 動いている時計 | 起算点 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 財産分与請求権 | 離婚した日 | 2年(出訴期間) | 民法第839条の2第3項/2021스766 |
| 詐害行為取消権(主観的起算) | 取消しの原因を知った日 | 1年 | 民法第839条の3第2項→第406条第2項 |
| 詐害行為取消権(客観的起算) | 法律行為があった日 | 5年 | 民法第839条の3第2項→第406条第2項 |
この三つはそれぞれ別に走り、別に切れます。「まだ2年経っていないから大丈夫」と思っていたら、名義移転から5年が過ぎていた — という組み合わせも起こり得ます。日本にお住まいで、韓国側の名義の動きをリアルタイムで把握しにくい方ほど、この重なりは危険です。
4. 日本法との違い — 「同じ2年」でも中身が違う
日本民法にも財産分与の期間制限があり、離婚から一定期間という点では韓国と似た形をとっています。しかし、財産分与請求権を保全するための詐害行為取消権という専用の明文規定は、日本法には置かれていないものと理解されています。日本では一般の詐害行為取消権の枠組みで検討されることになり、韓国の第839条の3のように「家庭裁判所に、家事訴訟事件として」という道筋が条文上用意されているわけではありません。
日本の制度に慣れた方が「日本と同じだろう」と考えて動くと、韓国側で使えたはずの手段を選ばないまま期間が過ぎてしまうことがあります。逆に、韓国側の期間だけを見て日本側の手続を放置してしまう例もあります。どちらの国の制度で何を主張するのかは、事案ごとに個別の検討が必要です。
5. 財産が国境をまたいだとき
日韓夫婦の場合、動かされた財産が日本の口座や日本の不動産に移っていることがあります。ここで問題になるのが、どの国の裁判所が扱うのか(管轄)とどの国の法律で判断するのか(準拠法)です。
韓国の国際私法第56条は、婚姻関係に関する事件の特別管轄を定めており、夫婦の一方の常居所が韓国にあり最後の共同常居所も韓国にあった場合、原告と未成年の子の全部または一部の常居所が韓国にある場合、夫婦双方が韓国国民である場合などに韓国の裁判所の国際裁判管轄を認めています。準拠法については、離婚に関する第66条が第64条を準用し、同一本国法 → 同一常居所地法 → 最も密接な関連がある地の法、という順序で決まります。ただし第66条には但書があり、夫婦の一方が韓国に常居所を有する韓国国民である場合、離婚については韓国法によります。配偶者が韓国在住の韓国籍という日韓夫婦によくある構図では、この但書が結論を左右します。財産分与は離婚の効力として、この準拠法の枠内で判断されるのが一般的な理解です。
ただし、韓国の裁判所が判断できることと、その判断を国外の財産に対して現実に及ぼせることは、別の問題です。韓国の家庭法院が財産分与を命じても、日本にある財産に手を伸ばすには日本側での手続が必要になります。国境をまたいだ時点で、必要な手続の数も時間も増えます。この点については国際離婚の管轄 — 韓国か日本かもあわせてご覧ください。
6. 公平のために — 期待しすぎないほうがよいこと
ここまで「取り戻せる可能性」を中心にご説明しましたが、実際にはいくつもの壁があります。
第一に、先ほどの2025年の大法院判決は、結論としては原審の保有推定を認めなかった事件です。しかもこの事件の各処分は、原審が認定した破綻日(2019年12月4日)より前、婚姻関係が続いている間に行われたものでした。処分の時期・経緯・目的が事業や共同財産の維持と結びついていると評価されれば、戻すことはできません。「別居後に動いた財産だから当然に分割対象だ」という主張は通りません。
第二に、詐害行為取消しは第三者を相手にする訴訟です。相手方となる親族や知人が争ってくれば、事件は財産分与と並行してもう一つ増えることになります。時間も費用も、その分だけかかります。
第三に、取消しが認められても、それは名義や価額を元に戻すという意味であって、そこから先の回収が自動的に保証されるわけではありません。これは制度の不備というより、金銭債権の実現全般に共通する限界です。
そして第四に、これらの判断はいずれも「いつ破綻したのか」「その処分は何のためだったのか」という事実認定に強く依存します。同じ「親族への贈与」でも、時期と経緯が違えば結論は逆になります。ご自身で資料を並べて判断できる性質の争点ではありません。
7. 時間が味方をしない類型です
財産隠しの問題には、他の離婚争点にはない特徴があります。迷っている間に、選べる手段が一つずつ減っていくということです。名義が移ってから年数が経てば第839条の3の5年に近づき、離婚が成立すれば第839条の2第3項の2年が走り始めます。しかも、隠された財産は「気づいたとき」にはすでに時計が回っていることがほとんどです。
「まだ確信が持てない」「証拠と言えるほどのものがない」という段階でも、どの時計が、いつから、あと何年残っているのかを確認することには意味があります。順序を決めるだけで、選択肢が残る場合があります。
日韓の離婚・財産分与に関するご相談
汝諧法律事務所は、日本にお住まいの方からのご相談をLINEで承っています。日本語でご事情をお送りください。財産の動きが気になる段階でも、期間の残りを確認するところから始められます。
よくあるご質問
Q1. 別居してから配偶者が預金を使ってしまいました。もう分割対象にはならないのですか。
必ずしもそうではありません。大法院2025年10月16日宣告2024므13669、13676判決は、婚姻関係が破綻した後に夫婦の一方が夫婦共同生活や夫婦共同財産の形成・維持と関係なく積極財産を処分した場合、その財産を事実審の口頭弁論終結日にそのまま保有しているものとみて分割対象に含めることができるとしています。ただし、その処分が夫婦共同生活や共同財産の形成・維持と関連するものであれば、分割対象とすることはできません。何のための処分だったかが争点になります。
Q2. すでに義父母の名義に変わった不動産を取り戻せますか。
韓国民法第839条の3は、夫婦の一方が他方の財産分与請求権の行使を害することを知りながら財産権を目的とする法律行為をしたとき、他方が第406条第1項を準用して取消し及び原状回復を家庭法院に請求できると定めています。これは家事訴訟法第2条第1項第1号ハ目4)の家事訴訟事件(다류事件)にあたり、同項第2号ロ目4)の家事非訟事件(마류事件)である財産分与とは別個の手続です。また準用される第406条第1項但書により、利益を受けた第三者や転得者がその当時に害することを知らなかった場合には取り消せません。認められるかは個別の事情によって判断されます。
Q3. 離婚してから隠し財産に気づきました。今からでも請求できますか。
大法院2018年6月22日付2018스18決定は、財産分与の裁判で分割対象かどうかがまったく審理されなかった財産が裁判確定後に追加で発見された場合には追加の財産分与請求ができるとしつつ、その追加請求も離婚した日から2年以内でなければならないとしています。民法第839条の2第3項の2年は、大法院2022年11月10日付2021스766決定により、期間内に財産分与審判を請求しなければならない出訴期間とされています。残り期間の確認が最初の作業になります。
Q4. 財産分与の2年と、詐害行為取消しの期間は同じものですか。
別のものです。財産分与請求権は離婚した日から2年で消滅します(民法第839条の2第3項)。詐害行為取消しの訴えは、民法第839条の3第2項が準用する第406条第2項により、取消しの原因を知った日から1年、法律行為があった日から5年内に提起しなければなりません。二つは起算点も期間も異なり、それぞれ独立して進行します。
Q5. 動かされた財産が日本にある場合はどうなりますか。
韓国の国際私法第56条が婚姻関係事件の特別管轄を、第66条(第64条を準用)が離婚の準拠法を定めており、これらの枠内で韓国の裁判所が判断できる場合があります。ただし、韓国の裁判所の判断を日本にある財産に現実に及ぼすには日本側の手続が別に必要となり、手続の数も期間も増えます。どちらの国で何から始めるかは、財産の所在と期間の残りをあわせて検討することになります。
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本記事は韓国法の一般的な説明であり、個別事案に対する法的助言ではありません。日本法に関する記述は比較のための一般的な参考であり、日本法についてのご判断は日本の弁護士にご確認ください。記載した判例・条文は執筆時点のものです。実際のご判断にあたっては、必ず個別にご相談ください。
